1. はじめに

水処理現場で使用する薬品は、温度や光、保管日数などの条件で劣化します。劣化した薬品を使用すると処理効果が下がるだけでなく、水質基準違反、設備事故、作業者の健康被害などの重大トラブルを引き起こします。

この記事では、次亜塩素酸ナトリウム(次亜)を中心に、PAC(ポリ塩化アルミニウム)、還元剤(重亜硫酸ナトリウムなど)、苛性ソーダの劣化特性を数値データとともに整理し、さらに劣化薬品を使い続けた場合に起こり得る事故それを防ぐための施策を解説します。

2. 次亜塩素酸ナトリウムの劣化とリスク

2-1. 温度と日数による劣化

日本水道協会(JWWA)の資料によると、次亜は温度と時間で急速に分解します。以下は一級品(12.5%)の試算例です。
【参考:公益社団法人 日本水道協会 水道用次亜塩素酸ナトリウムの 取扱い等の手引き(Q&A)

保管条件経過日数最大注入率(ppm)*
20℃納入直後12.5
20℃10日後9.5
30℃10日後6.0

* 塩素酸基準(0.4 mg/L)を満たす上限値

→ 夏場に30℃で保管すると、わずか10日で注入上限が半分以下に低下します。そのため、7日以内に使い切る設計が必要です。

2-2. 劣化による事故

想定される事故説明
殺菌不良有効塩素濃度低下により細菌が死滅せず、水質基準違反や感染リスクが発生します。
副生成物増加塩素酸や臭素酸が増え、基準値(塩素酸 0.6 mg/L以下)を超える危険があります。
設備腐食・漏えい劣化液は腐食性が強く、ポンプや配管が損傷します。
塩素ガス発生分解で発生したガスが充満し、作業者の呼吸障害を招きます。

2-3. 薬品の劣化による事故防止策

  • 遮光・断熱・冷却による低温保管(20℃以下)

  • タンク定期清掃で重金属の混入を防ぐ

  • 小ロットで納入することにより滞留を避け、7日以内に使い切る

  • 濃度測定で劣化状況を把握し、基準外は廃棄

3. PAC(ポリ塩化アルミニウム)の劣化とリスク

3-1. 劣化要因

PACは比較的安定ですが、高温や低温で変質します。

劣化要因現象想定事故防止策
高温白濁・分解凝集力不足で処理不良屋内保管、断熱
低温凍結・析出配管閉塞、薬注不能凍結防止ヒーター
長期希釈保管粘度上昇・沈殿ポンプ詰まり希釈は使用直前
容器劣化腐食漏えい事故耐酸容器使用

4. 還元剤(重亜硫酸ナトリウム)の劣化とリスク

4-1. 劣化要因

重亜硫酸ナトリウムは酸化に弱い薬品です。

劣化要因想定事故防止策
酸素との接触効果低下で脱酸素不良容器密閉、開封後早期使用
分解促進遮光容器
長期保管成分変質短期回転
酸との接触SO₂ガス発生で作業者障害保管分離、換気徹底

5. 苛性ソーダ(NaOH)の劣化とリスク

5-1. 劣化要因と事故

劣化要因現象想定事故防止策
吸湿濃度変化薬注誤作動容器密閉
CO₂吸収炭酸塩生成スケール生成で配管閉塞密閉、定期洗浄
漏えい腐食性液体流出作業者の皮膚障害耐アルカリ材使用

6. 配管・設備材への影響

次亜を高濃度でHIVP管に通液した結果、1〜2年で亀裂・漏えいが発生した事例があります。これは劣化薬品の腐食性が原因の一つです。対策として、VP管やTS管など適合材の選定が推奨されます。


7. 在庫管理と運用ルール

事故を防ぐには、薬品自体の管理だけでなく、運用ルールが不可欠です。

項目実務ポイント
在庫回転夏季は7日以内で使い切る
発注仕様有効塩素・塩素酸・臭素酸・食塩を明記
保管設備遮光・断熱・冷却、凍結防止
濃度測定使用前に定期チェック
配管材適合材を選定、定期点検
運用FIFO(先入れ先出し)を徹底

8. 事故を防ぐための組織的施策

  1. 教育と訓練
    作業員に薬品劣化のリスクと兆候を周知し、異臭・変色・沈殿のある薬品は使用禁止とします。

  2. 緊急対応マニュアル
    ガス発生や薬品漏えいに備え、換気・退避・連絡体制を定めておきます。

  3. 定期点検と記録管理
    濃度測定結果、在庫日数、温度記録を残し、次回計画に反映します。

  4. 小ロット・短納期調達
    長期在庫を持たず、必要量をこまめに調達します。

  5. 営業段階での調整
    納入スケジュールや保管環境を顧客に説明し、無理のない運用を契約段階から組み込みます。


9. 現場で守るべき管理と安全の要点

  1. 薬品は「温度・光・時間」で劣化します。
  2. 劣化薬品の使用は、水質事故・設備破損・作業者障害に直結します。
  3. 数値で管理(例:次亜は20℃10日で9.5 ppm、30℃10日で6 ppm)し、7日以内の使用を徹底することが重要です。
  4. PAC、還元剤、苛性ソーダも、それぞれの特性に応じた管理と運用ルールが必要です。
  5. 教育・点検・緊急対応・調達戦略を組み合わせることで、現場の安全と安定運用を確保できます。

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