世界的な水資源の枯渇や気候変動の影響を受け、企業の「水リスク」へに対応が重要視されています。特に製造業や食品業界など水の使用量が多い企業にとって、水資源の確保や水道料金の高騰は直接的な経営リスクです。
この「水リスク」対策として、今注目されているのが「下水(捨てる水)の資源化」です。
かつて下水処理は単なる環境対策と捉えられていましたが、現在はコスト削減・安定調達・ESG評価向上など、多面的なメリットを生む重要な経営戦略として再評価されています。
目次
データで見る「水資源リスク」
- 日本の水ストレス指数(2024年時点):中リスク(出典:WRI Aqueduct Water Risk Atlas)
水ストレス指数(Water Stress Index)とは、利用可能な水資源に対する需要の割合を示す指標で、世界資源研究所(WRI: World Resources Institute)が「Aqueduct Water Risk Atlas」で発表しています。日本の水ストレスレベルは、地域によって異なりますが、WRIの2024年時点のデータでは、全国的に「中程度のリスク」に分類される傾向があります。ただし、一部の地域(関東・東海の都市部など)は「高リスク」カテゴリーに入ることもあります。
- 工業用水の約30%は水道水に依存(出典:経済産業省)
日本の産業界における水利用の現状について、経済産業省や環境省の白書・統計データを参照すると、工業用水の水源として水道水が約30%を占めると報告されています。一般的に、工業用水には地下水や河川水も利用されますが、水道水への依存度が高い企業では、水道料金の上昇が経営コストに直結するリスクがあります。
- 2030年には世界の水需要が供給を40%上回る可能性(出典:UNESCO 世界水資源開発報告書 (World Water Development Report))
国連の予測によると、人口増加・都市化・気候変動の影響で、2030年には水需要が供給可能な量を約40%上回るとされています。これは、特にアジア・アフリカの新興国において深刻な影響を及ぼすと見込まれていますが、日本も異常気象や都市部の水需要の増加により、水不足リスクが高まる可能性があります。
こうしたデータからも分かる通り、水資源の確保は、将来的に企業の安定操業を左右する要因になります。水リスクを減らす施策として、「下水の資源化」は非常に有効です。
【具体事例】再生水の活用でコスト削減&BCP強化
事例①:東京都城南島の工業団地(再生水の工業利用)
東京都では、下水処理場で高度処理した水を再生水として工業団地へ供給する仕組みを整えています。
城南島の工業団地では、再生水を冷却水や洗浄水として利用し、年間数千万円規模の水道料金削減に成功しました。
さらに、再生水は災害時にも供給可能なため、BCP(事業継続計画)対策としても高く評価されています。
事例②:大阪メトロ 長居公園(公共施設のトイレ・散水用水に再生水を活用)
大阪メトロ社では、長居公園のトイレ洗浄水や園内散水に再生水を利用しています。
下水処理水や施設内で発生する湧水を浄化し、園内で循環利用する仕組みです。
この取り組みにより、水道料金の大幅削減と同時に、地域の水資源保全にも貢献しています。
【具体事例】下水汚泥からバイオガスを生み出しエネルギーを自給
事例③:東京都 森ヶ崎水再生センター(バイオガス発電)
東京都大田区にある森ヶ崎水再生センターでは、下水処理時に発生する汚泥からメタンガスを回収し、施設内でバイオガス発電を行っています。
発電された電力は施設内で使用し、年間で約5,000トンのCO2削減を実現しています。
このシステムはエネルギーコスト削減だけでなく、脱炭素経営にも貢献するモデルとして注目されています。
事例④:神戸市の「下水由来バイオガス都市ガス化事業」
神戸市では、下水汚泥から生まれるバイオガスを高度精製し、都市ガスとして一般家庭や公共施設へ供給する事業を展開しています。
国内初の本格的な「下水由来ガスの地域循環モデル」として、エネルギーの地産地消に成功しました。
下水をエネルギー資源と位置づけ、地域全体で活用するこのモデルは、カーボンニュートラル都市の実現に向けた重要な事例です。
【具体事例】リン・窒素を肥料化し資源循環を実現
事例⑤:横浜市(ストルバイト肥料回収実験)
横浜市では、下水処理時に発生するリンや窒素を「ストルバイト」という結晶として回収し、農業用肥料として活用する実証実験を行っています。
化学肥料の原料であるリンは、ほぼ全量を海外輸入に頼っているため、下水由来のリン肥料化は、食料安全保障にも貢献する取り組みとして期待されています。
まとめ:「環境対策」から「経営戦略」への発想転換を
ここまで見てきたように、「捨てる水」を資源化する取り組みは、単なる環境対策にとどまらず、
✅ 水道料金・エネルギーコストの削減
✅ BCP対策(災害時でも安定供給)
✅ CO2削減による脱炭素経営
✅ ESG・SDGs対応による企業価値向上
✅ 地域社会との共生・信頼獲得
といった多くのメリットをもたらします。
企業が生き残るためには、「水を守ること」はもはや経営戦略としては欠かせない課題です。
「捨てる水」の活用方法を再考し、持続可能な社会と強い企業体質を同時に実現する水循環型経営へのシフトを実現しましょう。